本記事ではソフトウェアアーキテクチャ・ハードパーツ ―分散アーキテクチャのためのトレードオフ分析の第1章~第4章をベースに、モノリスからのサービス分割を検討するときに役立つポイントを整理する。
すべての組織に当てはまる“銀の弾は存在しないが、「どんなトレードオフを見極めるべきか」を理解することで、より納得感のあるアーキテクチャを設計できるかもしれない。
1. 「ベストプラクティス」は存在しない —— トレードオフの見極め
1.1 なぜ“銀の弾丸”はないのか
- 前提条件の違い
- 組織規模やチーム構成、扱うデータの性質、ビジネス要件などが異なるため、一つの分割パターンがすべての状況に適合することはほぼない。
- 相反する要件の存在
- 「性能を高めるほど運用コストが上がる」「セキュリティを強化するほど可用性に影響する」など、技術選定や設計方針では常に何かしらのトレードオフが生じる。
1.2 ADR(アーキテクチャデシジョンレコード)の活用
- 意思決定を残す重要性
- どのような選択肢があったのか、なぜその選択をしたのかを文書化(ADR)しておくと、後でアーキテクチャを見直す際に「なぜこの構造にしたのか?」をたどりやすくなる。
- 記録の粒度
- 大きなアーキテクチャ変更(例:モノリスから分散アーキテクチャへの移行方針)だけでなく、小さな設計のトレードオフも記録すると、チーム内の合意形成がスムーズになる。
2. アーキテクチャ量子 —— どこまでが“ひとかたまり”か?
ソフトウェアアーキテクチャ・ハードパーツ ―分散アーキテクチャのためのトレードオフ分析では、アーキテクチャ量子という概念が強調されている。
アーキテクチャ量子:
“独立してデプロイが可能” かつ “機能的に高い凝集度を持ち、静的・動的に強く結合している要素がまとまった単位”
結合とは、依存関係でのことであり、一方の変更が他方に影響を与える状態を指す。
凝集とは、関連する要素がまとまっている度合いであり、同じ目的でまとまっているほど凝集度が高い。
2.1 静的結合と動的結合の例
- 静的結合:
- 代表的なのが単一の大規模データベース。テーブル設計やスキーマが一体化していると、デプロイ単位を分けたくても依存が残りやすい。
- 対策例: テーブルのスキーマ分割、サービス単位で独立したDBインスタンスを持つなど。
- 動的結合:
- 同期的なサービス間コールが多いほど、障害発生時の影響範囲が広がる。
- 対策例: 非同期メッセージング活用、分散トランザクションを避ける設計などを検討。
2.2 量子が大きくなりがちな要因
- 特定の機能が他機能と頻繁にデータをやり取りしている場合、それらをバラバラにしても「結局は一緒にデプロイしないと動かない」という状況に陥りがちである。
- 逆に、コミュニケーションやデータ依存が薄い部分は、比較的簡単に切り出せる可能性がある。
3. なぜサービス分割を目指すのか —— モジュール化の推進要因
3.1 保守性・テスト性
- 保守性向上:
- 大きなモノリスだと影響範囲が読みにくく、1つの修正が予期せぬ不具合を引き起こすリスクが高い。
- サービスごとに責任範囲が明確なら、担当チームやテスト範囲を限定しやすい。
- テスト性向上:
- 機能単位でユニットテストやコンポーネントテストをしやすくなる。
- マイクロサービス化すればサービスごとにCI/CDパイプラインを整備でき、リリースサイクルを短縮可能。
3.2 デプロイ性・スケーラビリティ
- 独立デプロイ:
- 一部機能のみをリリースする際に、全アプリを停止しなくて済むため、アジリティが向上する。
- 選択的スケール:
- 高負荷なサービスだけをスケールアウトできる。
- インフラリソースを集中的に使えるためコスト面でも最適化が期待できる。
3.3 可用性・耐障害性
- サービスが分割されていれば、一部がダウンしても全体への影響を最小限に抑えやすい。
- ただし、サービス間依存が強いと、結局は「どこかが落ちると全部に波及する」事態もありうるので、結合点を慎重に管理する必要がある。
4. 分割アプローチ —— モノリスをどのように分けていくか
4.1 コンポーネントベースの分解ステップ
- モノリスをモジュール化する
- まずは既存コードの依存関係を可視化。
- レイヤー化やパッケージ分割によって“コンポーネント”という塊を見つける。
- データベースの分割を検討する
- 可能であればテーブル単位・スキーマ単位で整理し、サービス単位で独立したDBを持つことを目指す。
- 移行リスクを減らすために、まずは論理的にスキーマを分けてから物理的にDBを分けるパターンもあり。
- サービスとして独立デプロイ可能な状態を作る
- 段階的にCI/CDパイプラインを構築し、それぞれのサービスを単独でテスト・デプロイできるようにする。
- いきなりフルマイクロサービスにすると混乱が大きいため、スモールスタートを推奨する。
4.2 戦術的フォークの注意点
- 方法:
- 必要な機能だけ抜き出して新たなサービスを作り、モノリス側からは利用しなくなる(フォークを進化させる)。
- メリット:
- 短期的に独立サービスを確保でき、移行スピードを上げられる。
- デメリット:
- フォーク元との同期が取れなくなりがちで、将来的に管理コストが増大する可能性。
- ポイント:
- フォーク後のコード保守方針を明確にしておく。
- 重複コードをどこまで許容するか、チーム内で合意が必須。
5. サービス分割に挑む際のテクニカルチェックリスト
- トレードオフ分析
- 主要要素(性能・可用性・セキュリティ・コストなど)の優先度を決めておく。
- どの要素が犠牲になっても良いか、あらかじめ想定しておくと意思決定がぶれにくい。
- アーキテクチャ量子の把握
- サービス単位で独立稼働できるのか、共有DBや同期コールが“ボトルネック”になっていないかを確認。
- 段階的実装
- 大掛かりなリファクタリングはリスクが大きいので、まずはモジュール化から。
- テーブル設計の分割や複数DBの利用など、データ層の分解計画が最重要。
- 保守性・スケーラビリティの優先度を明確化
- 「分割後にどんな運用体制にするのか」「どこまでの障害耐性が必要か」などをチーム内や経営層と共有しておく。
5. まとめ
サービス分割には万能な解決策はないが、トレードオフを理解し、最適なアーキテクチャ量子を見極めることで、段階的に実行することが可能となる。
アーキテクチャ変更には時間がかかるため、まずは小さなステップから始めてみることが重要となる。