アーキテクチャ・アーキテクト・アーキテクティングについて

システムアーキテクチャ

概要

システムアーキテクチャ構築の実践手法 (IT Architects’Archive ソフトウェア開発の実践)の第2章を参考に、アーキテクチャ、アーキテクト、アーキテクティングの定義とそれらの持つ要素を整理する。

アーキテクチャとは「構造」である

IEEE 1471-2000において、アーキテクチャは以下のように定義されている。

コンポーネント、それら相互のまたは環境との関係、およびその設計と発展をガイドする基本原則によって具体化されたシステムの基本的な構造

この定義は、アーキテクチャをシステムの本質的構造として捉える立場を示している。アーキテクチャが対象とするのは、表層的な構成図ではなく、構成要素の関係性、振る舞い、制約、環境との接点、設計上の判断基準といった多面的な構造である。

アーキテクチャの特徴は以下の通りである。

  • 構造を定義する:どのような要素があり、どのように関係するかを明らかにする。
  • 振る舞いを定義する:各要素がどのように連携し、システムとして機能するかを定める。
  • 重要な要素に焦点を当てる:長期的に影響を及ぼす構成要素や設計判断に意識的に集中する。
  • ステークホルダのニーズを統合・調整する:異なる利害を調整し、合意可能な構造を構築する。
  • 論理的根拠に基づく判断の集約体である
  • 既存のアーキテクチャスタイルを踏襲することもある:レイヤード、マイクロサービス、クライアントサーバ等。
  • 環境に強く影響される:利用技術、組織構造、運用要件などの制約。
  • 開発組織の構造にも影響を与える:いわゆる「コンウェイの法則」に対応。
  • すべてのシステムがアーキテクチャを有する:小規模であっても、設計意図と構造は存在する。
  • スコープは常に限定的である:全体を包括するとは限らず、焦点と目的を持つ。

アーキテクトとは何をする人か

アーキテクトは、アーキテクチャに対して責任を持つ個人、チーム、または組織である(IEEE 1471-2000)。その責務は単に「構成を決めること」にとどまらない。アーキテクトは、以下のような多面的な能力と資質を要求される役割である。

  • 技術的リーダーである:構造の選定や技術的方向性の決定を主導する。
  • ソフトウェア開発プロセスを理解している:開発ライフサイクル全体に通じている。
  • ビジネス領域の知識を持つ:技術と事業目標の橋渡しができる。
  • テクノロジーに精通している:技術選定や技術評価を実施可能である。
  • 設計スキルとプログラミングスキルを持つ:構造に関する実装可能性を判断できる。
  • 優れたコミュニケーション能力を持つ:意図を伝え、合意を形成する。
  • 判断力がある:複数の選択肢から適切なものを選び抜く。
  • 政治的配慮ができる:組織内外の利害調整を行う。
  • 交渉力がある:制約と要望のはざまで実行可能な設計を導き出す。

アーキテクトは、コードを書く専門家というよりは、意図と構造の翻訳者であり、開発の羅針盤としての役割を果たす存在である。

アーキテクティングとは何か

アーキテクティング(Architecting)とは、アーキテクチャの定義・文書化・保守・改善・保証に関する一連の行為である。単なる設計作業ではなく、以下のような特徴を持つ営みである。

  • 科学性と芸術性の両立が求められる:理詰めの構造設計と、経験・感性に基づく判断の両方を要する。
  • 多分野にまたがる知識が必要:技術、プロセス、ビジネス、マネジメントに精通していることが望ましい。
  • 継続的な活動である:設計は一度きりで終わらず、変化に対応して進化し続ける。
  • 多くのステークホルダによって動機づけられる:顧客、経営層、開発者など、多様な視点を反映する必要がある。
  • しばしばトレードオフを伴う:性能とコスト、品質と納期など、相反する要件の調整が不可欠である。
  • 経験の重要性を認める:パターン認識や直感的判断が求められる場面も多い。
  • トップダウンとボトムアップの両方の視点が必要である:構造の俯瞰と、現場の実情への理解を両立させる必要がある。

アーキテクティングの利点

アーキテクティングには、以下のような実践上の利点がある。

  • システム品質の向上
  • ステークホルダ間の合意形成の促進
  • 中長期的なプランニングの支援
  • 構造上の一貫性の維持
  • システムの複雑性の管理
  • 再利用性の向上
  • 保守コストの低減
  • 変更時の影響分析の精度向上

アーキテクティングは「将来の混乱を未然に防ぐための構造的投資」とも言える存在である。

まとめ

アーキテクチャとは、単なる設計図ではなく、関係者の意図を反映し、それらを整合的な構造へと昇華させた成果物である。アーキテクトはその構造の設計者であると同時に、意図と判断を翻訳し、全体を導く調整者である。

この第2章を通じて、「アーキテクチャ」「アーキテクト」「アーキテクティング」という言葉の解像度を上げることができた。